Gradient

​表現の現場

ハラスメント白書 2021

概要

表現の機会や仕事を得るために、暴言や暴力に耐える。

内容や質よりも容姿や年齢について言及される。

男らしさや女らしさを意味もなく求められる。


 

​私たちは、こういった表現の現場における不平等な状況を、仕方がないと諦めたくありません。時代とともに表現が変わり新しいものが生み出されるように、表現の育まれる場所も更新されて行かなければなりません。


 

表現の現場を改善するために、これまでも多くの方々が尽力してきました。私たちはその勇気と意思を引き継ぎ、すべての人々に平等に開かれた場を実現するために、表現の現場におけるハラスメント実態調査を行いました。
 

表現の現場調査団

本調査について

 今回、「表現の現場」で生じるハラスメントの実態を調査した。写真、映像、芸術、文芸、報道、演劇、漫画、研究、デザイン、ゲーム、ダンス、古典芸能などなど。さまざまな「表現の現場」において、多くのハラスメントが存在している。

 これまでもハラスメントは、繰り返し社会問題となり続けてきた。企業や公的な場所でのハラスメントについて、一定の制度整備が進められてきた。他方で表現の現場についてフォーカスした独自調査がなく、具体的に各領域で、どのような被害が多く、どのような対処が求められているのか、可視化されてこなかった。表現者の状況は、国勢調査など大規模な調査においてはなかなかその実態が掴めないため、より精密な研究が待たれていたのである。

 表現の現場は、多くのフリーランスが働いているのが特徴的だ。フリーランスに対するハラスメントに関する法的保護が薄いことにより、多くの被害が対処困難なまま放置されてしまっている。また、書面を通じて契約する意識が薄いことなどから、口約束、薄謝、不当な値切り、サービス残業や超過労働なども蔓延している。人脈やつながりを重視し、さらに書類契約を軽視するという業界の悪慣習は、さまざまなハラスメントの温床にもなっている。

 調査団は、これから五年間、さまざまな調査と発信を行なっていく。その第一弾として行なったのが、ハラスメント被害についてのスノーボール調査である。スノーボール調査は、ランダムサンプリング調査と異なり、アンケートフォームを拡散することで、事例などを収取する手法である。そのため、統計的な妥当性は極めて低く、本調査で扱われている数字は、あくまで参考的なものである。他方でスノーボールは、サンプリング調査では明らかにしにくい、特異なクラスター(集団)の特性を明らかにするためのヒントを得られる。また、自由記述を通じて、豊富な言説を収集することで、実態の一片を明らかにするとともに、今後の各種調査への礎を築かせてくれるものである。

 スノーボール調査のフォームに寄せられた自由回答の数々は、表現の現場におけるハラスメントの実態を、生々しく浮き彫りにするものであった。今回の調査は、各項目への回答こそ必須であったものの、自由記述については、回答者の裁量に委ねていた。しかしながら、多くの回答者が、その被害体験を丁寧かつ克明に投稿してくれた。この報告書では、そうして集まった事例をもとに、質的な分析を加えていったものである。

 表現の現場でのハラスメントもまた、企業や学校、家庭や地域など、他の領域で起きているハラスメントと、構造的には同型であると言える。権力勾配を利用し、人格を軽視してモノ扱いし、対価をちらつかせ、業務上の緊密さと性的な親密さと誤認し、ローカルな掟を振りかざしながら、被害者が声をあげにくい状況を作る。だからこそ、表現の現場におけるハラスメントもまた、既存のハラスメント研究の知見が大いに役立ち、さらには法的・制度的保護の議論にも接続可能である。

 では、表現の現場におけるハラスメントの特徴はないのだろうか。多くの事例を分析してみると、「状況」と「語彙」において、大きな特徴があることが見えてきた。

 例えば芸術や写真分野で行われる「ギャラリーストーカー」、漫画家や小説家が受ける「編集者からのハラスメント」など、その分野ごとに、ハラスメントが高頻度で発生する状況は変わる。言うなれば、表現の現場において、それぞれハラスメントのホットスポットが存在するといえる。そうした状況・条件を把握することで、注意喚起を行うことも必要となる。

 また、表現者の場合は特に、「<演技指導のため>と、人前で人生経験のアウティングを強制する」「<性的表現を鍛えるため>と、性行為を誘う」「<より美しい表現のため>と、モデルにヌードになるよう強制する」など、口実や攻撃に用いられる語彙において、多くの特徴が見られた。

 ハラスメント時に用いられる語彙は、それが加害ではなく、あくまで指導のために必要であることを擬態する。また、表現の現場に蔓延する、「この業界は特殊だから」「これくらいしないといい作品はつくれないから」といった言説が、さまざまな被害を隠蔽してしまってもいる。

 さらに、ティーチング/コーチングテクニックが曖昧なままに指導する者が多く、技法や評価の抽象度が高いために、指導時のコミュニケーションにおける非対称性が高まりがちでもある。適度な「抑圧」があって、はじめて創造性が増すのだという、あまりに古めかしく、また根拠のない言説も、諸分野で見られる。だが、多くの回答が語りかけてくるのは、暴力的なコミュニケーションの蔓延が、多くのクリエイターたちのモチベーションを奪い、生産性や創造性を奪い、表現の現場から退場させてきたという事実であった。

 今回の調査を皮切りに、調査団のリサーチは続くが、同時にハラスメント防止のためのアウトリーチ活動も行なっていく。また、フリーランスの地位が不安定であることが、ハラスメントをより深刻化させている実態を踏まえ、労働関連法の改正を通じて、フリーランスの法的保護を行うことも求めていきたい。

 

荻上 チキ

1.調査の概要

​ 1.  実施時期 

  2020年12月〜2021年1月

 

​ 2.  対象者 

  表現にかかわる活動・仕事をしている人たち(年齢、性別を問わない)

​ 3.  調査方法 

  スノーボールサンプリング(調査対象者のネットワークを介して調査対象者を抽出していく方法)によるウェブ調査

 

​ 4.  回答者数 

  1449名

​ 5.  回答者属性

性別/年齢

主に携わっている分野(複数回答)

職業上の地位

2. 過去10年以内のハラスメント経験について(全体)

回答者1,449名のなかで、

 

  • 「(何らかの)ハラスメントを受けた経験がある」1,195名

 

  • 「セクハラ経験がある」1,161名

 

  • 「パワハラ経験がある」1,298名

 

  • 「ジェンダーハラスメント経験がある」1,042名

 

  • 「その他のハラスメント経験がある」797名

 

  • 「学生時代のアカハラ経験がある」376名

注:今回のスノーボールサンプリングによる調査は、「本調査について」(2ページ)にも示したとおり、質的調査、探索的研究には有効ですが、量的調査としては母集団(表現活動にたずさわる人たち)の代表性は確保されていません。そのため、回答の割合(%)などの量的記述は控え、実数を表記しています。なお、今回調査の詳細な実数や参考としての割合は巻末にまとめています。

3. セクハラ経験について

セクハラ被害の特徴

 

① 言葉による被害経験

「容姿・年齢について言及された」「卑猥な冗談を聞かされた」 「性に関してプライベートなことを聞かれた」など言葉によるハラスメント被害をかなりの人が受けています。

 

② 性的欲求や関心にもとづく被害経験

「身体を触られた」「望まない性行為を強要された」など性犯罪にもあたる可能性のある性被害を受けた人もいます。

 

③表現の場に特有の被害

「性的な内容を含む作品を断りなく/ 無理やり見せられた」「制作上の演出やアートであることを理由とした性被害にあった」などの被害は、表現活動に特有の被害ということができます。

セクハラ経験(全体)

4. パワハラ経験について

パワハラ被害の特徴

 

①ほとんどの項目で女性は男性より被害を受けやすくなっています。また、男女とも年齢が低いほど被害を受けています。母数が少なくあくまでも参考程度ではありますが、性的マイノリティの被害も見逃せません。

 

②業界特有の性に対する考え方に関連する被害

他の職域では、ジェンダーやセクシュアリティは職務内容とは無関係であり、あくまでも私的なこととして取り扱われます。しかし、表現の場では、ジェンダーやセクシュアリティも表現活動のひとつのテーマとして扱われます。そうしたことを利用したハラスメントとして「性自認や性的指向の開示を求められた/不快なことを言われた」「能力ではなくジェンダーなどの属性によって仕事を得ていると言われた」などの被害があります。

パワハラ経験(全体)

5. ジェンダーハラスメント経験について

ジェンダーハラスメント被害の特徴

 

①ほとんどの項目で女性は男性より被害を受けやすくなっています。また、男女とも年齢が低いほど被害を受けています。母数が少なくあくまでも参考程度ではありますが、性的マイノリティの被害も見逃せません。

 

②業界特有の性に対する考え方に関連する被害

他の職域では、ジェンダーやセクシュアリティは職務内容とは無関係であり、あくまでも私的なこととして取り扱われます。しかし、表現の場では、ジェンダーやセクシュアリティも表現活動のひとつのテーマとして扱われます。そうしたことを利用したハラスメントとして「性自認や性的指向の開示を求められた/不快なことを言われた」「能力ではなくジェンダーなどの属性によって仕事を得ていると言われた」などの被害があります。

ジェンダーハラスメント経験(全体)

6. 学生時代の被害(セクハラを含むアカハラ被害)

アカデミックハラスメント被害の特徴

 

1449名中376名が学生時代に表現活動に携わっています。そのうち376名が、学生時代にアカデミックハラスメントを受けたと回答しました。

 

①「必要以上に怒鳴られるなどの叱責をうけた」「単位修得や卒業をさせないなどの脅迫をうけた」「講評会で公開叱責を受けた」などの威圧的言動による被害や「提出物を受けとってもらえなかった/きちんと読んでもらえなかった」「就職活動や他大学への進学を理由に指導放棄された」などのネグレクトは、他の学問領域でも共通に見られる被害です。

 

②芸術系大学教育特有の被害

「正当な理由なく学内の設備の利用を制限された」「望んでいないメディアでの制作を強要された」など制作する場を奪われたり、表現方法を制限されたりすることは、表現の場特有の被害と考えられます。

 芸術領域では「明確な理由を述べずに、制作・研究を貶された」などの恣意的評価によるハラスメントが生じやすいことを示しています。

 「展覧会やイベントへの参加の強要」「制作や研究の手伝い、TA等の強要「他の教員の指導を受けることの妨害」などの被害は、芸術領域では師弟関係が重視され、服従を求められることから生じる被害だと考えられます。

学生時代のハラスメント経験(376名中)

7. その他のハラスメントについて

ストーカー被害、学歴差別、ルッキズムによる差別、人種民族差別、マタニティハラスメントなど、セクハラやパワハラなど従来の法律ではカバーできない被害の経験が報告されています。

とくに表現活動では、ストーキングやギャラリーハラスメント、ルッキズム差別などが特徴的と言えます。

その他のハラスメント経験(全体)

※本調査で使用する用語の定義

「セクシュアルハラスメント」

相手の意に反する性的な言動によって、職務上(あるいは学業上)の不利益を与えたり、就業環境(あるいは就学)環境を悪化させたりする行為

参考:

男女雇用機会均等法(第11条)では

「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」

人事院規則10−10(第2条)では

「他の者を不快にさせる職場における性的な言動及び職員が他の職員を不快にさせる職場外における性的な言動」

「パワーハラスメント」

(雇用上の地位にかかわらず)仕事をする場での優位な立場を利用して、業務の適正な範囲を超えて身体的精神的な苦痛や不利益を与えたり、就業環境を悪化させたりする行為

参考:

労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法第30条)

「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要 かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること 」

ILO仕事の世界における暴力及びハラスメントの撤廃に関する条約(第190号第1条a)

「仕事の世界における『暴力及びハラスメント』とは、一回限りのものであるか反復するものであるかを問わず、身体的、心理的、性的又は経済的損害を目的とし、又はこれらの損害をもたらし、若しくはもたらすおそれのある一定の容認することができない行動及び慣行又はこれらの脅威をいい、ジェンダーに基づく暴力及びハラスメントを含む。」

「アカデミックハラスメント」

大学などの教育研究の場において、優位な立場を利用して教育指導の適正な範囲を超えて精神的身体的苦痛や不利益を与えたり教育研究環境を悪化させる行為

参考:

広島大学ハラスメント防止規則

「一定の就学・就労上の関係にある大学の構成員が、相手の意に反する不適切な言動を行を行い、これによって相手が、精神的な面を含めて、学業や職務遂行に関連して一定の不利益・損害を被るか、若しくは 学業や職務に関連して一定の支障が生じること」

「ジェンダーハラスメント」

固定的性別役割意識に基づいて、性別により差別しようとする意識に基づく言動によって、相手に不利益を与えたり、就業(就学)環境を悪化させる行為。性指向や性自認に関する差別的言動も含む